いつか、また...。

渋谷すばる 脱退』


この言葉を目にしてから

私の精神状態は完全におかしくなった。

これが原因かどうかは分からなかったが

元々の体調不良とも重なり、救急車で運ばれもした。


ご飯が喉を通らない。眠れない。

笑うのしんどい。何もかも嫌。


4月中はこんな感情だけがずっと

ぐるぐるしていた。


酷い時は車の「SUBARU」の

エンブレム見るだけでも涙が出てきていた。


5月になったら「あれ?わたしってこんなにすばるくんの事好きだったの?」

って気づき始めて過去の物を物色しだした。


脳内で勝手に「すばるくんとの思い出~」を

卒業式みたいに1個1個発表していた。


すばるくんを初めて認識したのは

確か小学校4~5年生ぐらい。

もう20年程前の話だ。

あの黄金期と言われたジャニーズJr.の

センターにタッキーと共に立っていた。


私は幼い頃から少しズレた性格をしていたので、

アイドルが好きだけどキラキラ王子様は

興味がない。なんて意味の分からない感性を持っていた。


なので、自ずと“東のタッキー”よりも

“西のすばる”が好きだった。

ちょっとヤンチャな大阪のお兄ちゃん。

絶妙にかっこよく見えた。


擦り切れるほどMステで披露した

「愛してる愛してない」を録画した

VHSを何度も何度も見ていた。

「Shelter」だって原曲はV6兄さん達の曲で

CDも持っているのに、

すばるくんバージョンのほうがよく聞いた気がする。


そこから月日が経って「あれ?すばるくんテレビ出ないね」という

俗に言う氷河期が始まった。

縁起でもないが「渋谷すばる死亡説」が出たのも覚えてる。

大阪に戻って結婚しただの隠し子がいるだの

いろんな噂が出ていた。


そんな時に突如出てきたのが

プラトニック・セックス」。

かっこよかった。かっこよすぎた。

キラキラ王子様じゃない、ただのヤンキーの兄ちゃんなアイドル渋谷すばる

ものすごくかっこよかった。

手の甲に彫った髑髏がかっこよすぎた。

この時に私はすばるくんへの気持ちが

「好き」から「尊敬」になった。

いつか大人になったら私も墨を入れたい。

ってこの時点で思っていたのかもしれない。


実際、自分が大人になって墨を入れる覚悟をした時に自分の身体には

入れるつもりのなかった「髑髏」の意味も調べた。

諸説あるのだけれども

「死と生まれ変わりの象徴。

大きな困難を乗り越え、やがて来る人生の終わりまで100%で生きる。」

この文面を見た時にこれはあくまでも私個人の妄想であり希望なだけなんだけれども

すばるくんはこういう気持ちで

この髑髏を手の甲に刻んだのかも...と思った。


もちろんアイドルが刺青なんて御法度な時代だったから

お目見えする機会は少なく、すばるくんはいつも手袋をはめていた。

その手袋でさえかっこよかった。


話がズレたけれども…

氷河期が続いていた中、突如発表されたのが

「ANOTHERin松竹座」。

忘れもしない。私が高校1年生の夏。


その頃は完全にミーハーな性格が大いに活躍して

関東関西、関係なくJr.担だった。

もちろん現自担である大倉くんも認識はしていてその他にも関ジュに好きなメンバーがいた。


毎日のように通った松竹座。

受けというものに参加したのもこの頃から。


「自担以外見てはいけない」という謎ルールに逆らって大倉くん列に並びながらも

すばるくんの姿を見ていた。


この頃すばるくんは完全に擦れていた。

アイドルではなかった。ただのヤンキーの兄ちゃんだった。

他のメンバーは立ち止まり一人一人手紙を受け取ってくれたのだが、

すばるくんはいつもイヤホンを耳にぶっ刺し

こちらを見ることも無く、手をふっと上げて前を通り過ぎて行く。

そんな光景ばかり見た記憶がある。

「すばる列、今日も回収だって。」そんな言葉ばかり聞こえてきていた。


確かに圧倒的な存在感。圧倒的な歌唱力。

舞台ではメインキャスト。

かっこよかった。

かっこよかったんだけれども何か違うんじゃないかって...

この人はアイドルとの自覚はないのだろうか…と。

ただかっこいいだけでアイドルが出来るものなんだろうか…と思っていた。


その頃からだろう。

ハッキリ言って私は渋谷すばるが嫌いになった。


いつも1人だけなんか違うところにいた。

かっこいいのではなくてかっこつけてるだけに見えてしまっていた。

アイドルやる気ないならジャニーズ辞めてしまえよって正直思った。


デビューしてからも握手会で

すばるくんと握手したはずなのに記憶に残っているのは

あの手にはめていた手袋の感触のみだった。

プチ潔癖な私からすると何人もの人が触れたであろう布を触るのにものすごく抵抗があった。

それが例え憧れのアイドルの手だとしても。


そこからさらにすばるくんは

関ジャニ∞ではない場所に行ってしまった。

バンド活動がしたかったのは分かる。

分かるけれどもまだまだ関ジャニ∞

出来上がってもない状態なのになぜ?なんで外の世界で歌う必要があるのか。

私には理解ができなかった。

ましてや、関東のJr.とバンドを組むなんて

意味が分からないとさえ思った。


私は関ジャニ∞が好きだ。もちろん誰が好きかって聞かれたら大倉くんが好きなんだけど

それでも関ジャニ∞が全員でいる所を見るのが好きだった。


だからこそ、すばるくんにも関ジャニ∞にいてほしかった。他所でバンドなんてしてほしくなかった。8人...いや、その頃はもう7人か。

7人の中心で歌う渋谷すばるが見たかった。


大倉くんが言っていた

関ジャニ∞を大事にしないすばるくんが嫌いだった」がまさしく私も同じ気持ちだった。


ライブの時でもMCでは一言も発しない、気分の向いた時だけちょろっと喋る。つまらなさそうに立っているだけ。

某バンドマンさんを真似たような歌い方。

ほんとに嫌いだった。

関ジャニ∞の邪魔するな。って正直思った。


ちょうどその頃私はジャニヲタを離れることになった。

ライブも行かないテレビも見ないCDも買わない。

いま、彼らがどこで何をしているのかさえ知らない時期に入った。


そこから紆余曲折を経てジャニヲタに

戻って来たのが「8UPPERS」。

アーセナル。え。なに。

渋谷すばるかっこいい。

かっこつけてるだけだった渋谷すばるが急激にかっこよく見えた。


LIFE~目の前の向こう~。

これだ!私が求めていた渋谷すばる

これなんだ!

7人のバンドで中心で歌う渋谷すばる

これを待っていた!!!


歌詞もリンクしたのか私はここから

自分がeighterと呼ばれる事の幸せを感じ始めた。


まだまだライブではぶっきらぼうにしているすばるくんの姿も見えたけど

数年前に感じていた「すばるくんがどこか違うところにいる」という感覚は

無くなっていった。


そして気づいた時にはあの手袋が外されていた。代わりに手の甲に大きな傷跡が残っていた。


「あ。消したんだ。」

最初はそれぐらいにしか思わなかった。

けど、よく考えたら自分もその頃には墨を入れていたので分かるんだけど

一生の思いを込めて刻んだ傷を消すってどんな気持ちなんだろうか…と。

「生まれ変わり」を意味する髑髏を消したという事は

すばるくんは生まれ変わったのかな…と

勝手に都合のいい解釈をした。


「一生アイドルやる」


そんな覚悟で消したのかな…とも勝手に思っていた。アイドルで刺青は御法度だからね。



だから、すばるくんがソロ活動するってなっても素直に喜べた。

昔とは違う。グループから離れるのではなくステップアップの為のソロ活動だと思えた。

どこか違うところに行くのではなく、関ジャニ∞という基盤がしっかりあってのソロ活動だったからむしろ嬉しかった。


味園ユニバースも何回も観た。

ポチ男がたまらなく好きだった。

カスミに放った「トマト食われへんやろ」あの一言だけで白飯5杯はいける気がした。


またあの頃の「好き」よりも「尊敬」が強くなっていった。

だってこんなジャニーズ見たことなくない?

キラッキラアイドルしてたと思ったら死亡説出て戻ってきたと思ったら墨入れてゴリッゴリのヤンキーになってたのにまたアイドルやり直してて...


私の知る限りでこんなジャニーズ見たことなかった。素直にかっこよかった。


「eighter」

彼が名付けてくれたファンの総称。

そう呼ばれる自分が好きだった。

ライブでいつもすばるくんが叫ぶ「eighter」が好きで好きでたまらなかった。


ライブでいうと元々ファンサはほとんどしないから絶対ないと思っていたけど

リサイタルin沖縄での出来事。

ネタにと作った団扇を向けたら物凄い笑顔で読んで笑ってくれた。そのあとうん。うん。と頷き手を振ってくれた。

時間が止まるってこういう事かと思った。

自意識過剰だと思われてもいい。

あれは私に向けられた笑顔だったと信じたい。


こんな思い出ばかりを脳内でかき集めていたら気づけばもう7月になっていた。

イムリミットまであと少し。

「最後」が受け入れられなくて現実逃避ばかりしていた。

だって約20年だよ?居て当たり前。居なくなるなんて誰が想像した?

こっちの勝手な解釈だけど「一生アイドル」やると思ってた人が居なくなるなんて

考えたくもなくて。


「夢を叶えるため」

言葉だけ聞けばすごく美しいもの。

けれど私はすばるくんにとって

ヒナちゃんみたいに幼馴染でもなければ、横山くんみたいに親友でもない。

ただ単にファンだから。

だから簡単に背中を押すなんて出来なくて。

寂しい。やだ。居なくならないで。

関ジャニ∞渋谷すばるをもっと見せて!!!


そんな感情しかなくて今日ここまで来ている。

そしてもうあと1日。

明日1日が終わればもう6人の関ジャニ∞

見る事になる。


あの時...大倉くんがいなかったあのオーラス。

二度と見たくない!!!6人の関ジャニ∞なんて今後一切見たくない!!!

そう思い続けていた。


それがもうあと少しの所に迫っている今。

私はまだまだどうしたらいいのか分かっていない。


6人の姿を見て「あ。別に6人でもいいやん。」ってなるのかもしれない。

「やっぱりすばるくんおらんの無理っ!!!」ってなるのかもしれない。


本当に今はまだ何とも言えない。


ただひとつ言える事。

それは私は「関ジャニ∞が好きだ」。


一時期は嫌いだったけど

それでも関ジャニ∞を支えてくれたのは紛れもない渋谷すばるという存在があったからだし

大倉くんの言葉を借りることになるけど

「勝手な判断をしたすばるくんの事を嫌いになれなかった」。

まさしくその言葉通りだ。


あの頃みたいに「すばるくんなんて嫌い。」って言えたのならどんなに楽だっただろう。


でもそれはすばるくんが作ってくれた関ジャニ∞が今ここにあるからでこその感情なんだろう。きっと。


もうすばるくんに会うことは出来ない。

それは分かった。もう受け入れる努力はした。


でももし神様がひとつだけ願い事を叶えてくれるのであればわたしはきっと

「いつか、また...渋谷すばるにeighterと呼んでほしい」とお願いすると思う。